『朝鮮の子』をみて(pippo)

映画『朝鮮の子』についてのpippo感想文です。末尾に、映画をネットで視聴できるリンク紹介があります。

土曜と日曜日、アムネスティ・フィルム・フェスティバルにいっていきました。
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=3287


「朝鮮の子」という映画と、2007年の「ビルマvj消された革命」を見たかったからでしたが、その他の作品も、わたしの視野に入っていなかった人権問題、マイノリティ問題なので、勉強のために総てを観ることにして2日券を奮発しました。
8本の映画とアイヌ古謡の実演に関しては、ゆっくりmixi日記などに書くことにしまして、ここでは、チェ救援会と関係の有る、「朝鮮の子」について。


アムネスティ・フィルム・フェスティバルでは、「朝鮮の子」30分の上映が終ると、会場からは予想外の共感の拍手がおこりました。
おそらく、ヤクルトホールに集まった人の中には、朝鮮学校問題を目的にした人は殆ど居なかったかと思われるのに。


同じ頃制作された木下恵介監督の「二十四の瞳
それを思わせるタッチのセミ・ドキュメンタリーでしたので、2011年の日本人が共感できたのかもしれません。


朝鮮学校とは何か」「民族教育の権利とは何か」・・・・・
早い話が・・・・・といって説明しようにも、なかなか早い話がありません。
文献を読んでも、戦後史に精しくなければ理解が遠いのです。


しかし、この映画30分は、まったくパーフェクトな早い話そのものです。
ナレーションが、朝鮮学校児童の作文という手法ですから、難解なこどばも、左翼用語もありません。


このソフトタッチの映画がつくられた時期というのが、1952〜55年の間ということですから、GHQによる在日本朝鮮人連盟の解散命令〜朝鮮戦争メーデー事件〜
そして朝鮮総連の結成前という在日朝鮮人の皆さんに取ってはドン底ともいえる逆風の中です。
そこに日本人スタッフが乗り込み、「義」によって映画を作ったということでしょう。


監督の荒井英郎、京極高英この2人は、調べてみましたら、その当時の「教育映画祭」の定番受賞者で、短編映画会の第一人者だったといえましょう。
在日朝鮮人への強い逆風の中で、日本人スタッフが馳せ参じて、このような名作をつくったことにも、私は大いに興味がそそられました。


そういえば、今2011年
在日の方々はヤッパリ強大な逆風に晒されています。


●監督:荒井英郎、京極高英『朝鮮の子』1954/モノクロ/16mm/30分 


製作委員会:在日朝鮮人学校全国PTA連合会、在日朝鮮人教育者同盟、在日朝鮮映画人集団 
提供:朝鮮総聯映画製作所


山形国際ドキュメンタリー映画祭2005 
http://www.yidff.jp/2005/cat085/05c088.html


アムネスティ・フィルム・フェスティバル2011
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=3287


朝鮮総聯映画製作所によるストリーミング配信
http://www.elufa.net/movie/chousenko.asf