「黒い彗星ことチェ・ダンヨル氏の不起訴決定の意義と不当性」(萩尾健太弁護士)

 私たちは、12月4日20:15ごろ、排外主義デモに反対した人物が渋谷署に拘束されていることを、警察への電話によって確認しました。そのとき、たまたま協力を依頼することができたのが萩尾健太弁護士です。警察での接見妨害後、弁護士は拘束されている人物と面会しました。その日の深夜、それが黒い彗星であり、しかも西村修平への暴行容疑で現行犯逮捕されていたということを知りました。
 萩尾弁護士には、年末スケジュールのため、初動2日のみということでお願いしました。結果的に、留置されていた黒い彗星への面会、検事への意見書4通執筆(末尾リンク参照)、再三にわたる東京地検公安部小谷検事、交代後の前澤康彦検事との面会を一貫して担当していただきました。
 前澤検事の不起訴処分(起訴猶予)にあたり、以下のような一般向けの文章執筆を新たにお願いしました。「我々としては、この検事の不当な判断を弾劾しつつも、黒い彗星氏の無罪が揺るがないものであることを一つの到達点として、引き続き、差別的言動を糾弾し、民族差別の是正を求めていくものである」と結ばれています。

黒い彗星ことチェ・ダンヨル氏の不起訴決定の意義と不当性


2011年1月21日
弁護人   萩 尾  健 太


1 不起訴処分は当然の結果
 黒い彗星ことチェ・ダンヨル氏の行為は、西村修平氏が側面から近づいてきて抱きつき、日の丸の旗竿で羽交い締めにしようとしたために、反射的に体を右に回転させたというものである。我々は、この黒い彗星氏の行為は、なんら暴行罪に該当しないものであるから、早急に「嫌疑なし」として不起訴とするように求めてきた。
さる2010年12月28日、当職が電話で問い合わせたところ、前澤検事は黒い彗星氏について不起訴処分としたとのべた。
前述のように、黒い彗星氏は、何ら暴行罪に該当する行為をしていないのであるから、不起訴処分とされることは当然である。


2 起訴猶予は理屈が成り立たない不当処分である
(1)不起訴処分の理由
 問題は、不起訴処分の理由である。
 不起訴処分の理由としては、裁判の判決でいえば①完全な無罪に相当する「嫌疑なし」、②証拠不十分による無罪に相当する「嫌疑不十分」、③正当防衛、正当行為などで違法性が無いための無罪に相当する「罪とならず」、④検察官としては犯罪性はあると判断するが起訴するほどの処罰の必要性がないとする「起訴猶予」がある。
 当職が前澤検事に問い合わせたところ、前澤検事は、不起訴処分の理由は「起訴猶予」であると述べた。

   
(2)「起訴猶予」とは何か
 「起訴猶予」は、「猶予」とあるが、終局処分であり、検察官が自ら判断を覆して起訴することはできない。また、有罪判決が確定するまでは無罪が推定されるという「無罪の推定の原則」は当然に適用される。要するに、検察官は無実とは判断しなかった、というだけである。


(3)「起訴猶予」の不当性
 しかし、我々はこの「起訴猶予」との判断は不当・違法であるとして前澤検事を糾弾するものである。
 まず、前述の通り、西村修平氏が羽交い締めにしようとしてきたのに対して、体を右に回転させる、という黒い彗星氏の行為は、なんら暴行に該当しない。
 また、暴行罪が成立するには、暴行の故意が必要であるが、黒い彗星氏は、これを無意識のうちに反射的に行ったのであり、故意も認められない。

   
(4)証拠の不存在
 本件については、黒い彗星氏は勾留されずに釈放されたのであり、検事調書は、送検時の一通のみ、現場の実況見分も行われた形跡がない。黒い彗星氏の行為についての証拠は、他には、当方で撮影し任意提出した動画である。これには、上記の通り、西村氏が黒い彗星氏を羽交い締めにしようとしてきたこと、それに対して黒い彗星氏が反射的に対応したところが録画されている。それ以外に、証拠はないのであるから、検察官として「嫌疑なし」との判断が難しかったとしても、「嫌疑不十分」と判断されるべきであった。


(5)少なくとも「罪とならず」と判断されるべき
 かりに、黒い彗星氏の行為を、暴行と判断したとしても、それは、黒い彗星氏に抱きつき、日の丸の旗竿という凶器といえる道具で黒い彗星氏を羽交い締めにしようとした西村修平氏の行為が先行しており、黒い彗星氏の行為は、それに対応するための行為だったのであるから、正当防衛となるはずである。
 この正当防衛すら認めなかった前澤検事の判断は、およそ客観的な証拠に反するものと言える。


(6)「自招侵害」という前澤検事の理屈は失当である
 当職が、前澤検事に対して、西村修平氏がまず攻撃してきたことは動画からも明らかであり、少なくとも正当防衛として「罪とならず」になるはずである、と述べたところ、前澤検事は「被疑者が、西村らのデモ隊の方に向かえば、混乱することは予想出来た、と検事調書にも書いてある」と述べた。それは「自招侵害」ということか、と私が尋ねたところ、検事は「そのようなものだ」と述べた。
 しかし、これは法的には全く間違った判断である。自招侵害というのは、相手の攻撃を招いて、それに対する反撃で相手を攻撃しようという、意図的な挑発をなした場合には、正当防衛は成立しない、というものである。この「意図的な挑発」ということは、通説判例が一致して要求する要件である。
 また、最高裁平成20年05月20日決定では、「被害者の攻撃が被告人の前記暴行(挑発)の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」との限定が付されている。
 ところが、黒い彗星氏は、デモ隊の前でバナーを広げようとはしたが、西村氏の暴行を招いてさらにそれに反撃してやろう、などと意図してはいなかった。調書にそのような記載もない。むしろ、話し合いを使用と考えていた、と弁護人の意見書で記載している。12月27日の前澤検事と黒い彗星氏との話し合いでは、前澤検事は、反撃の意図を黒い彗星氏に話させたかったようだが、黒い彗星氏はそのような意図は話さなかった。だからこそ、前澤検事も「予想出来た、と調書に書いてある」という程度の発言しかできなかったのである。
 また、最高裁決定の基準に照らすと、デモ隊の前でバナーを広げる、という表現活動をしようとした黒い彗星氏の行為に対して、黒い彗星氏に抱きついて旗竿で羽交い締めにしようとする、という西村氏の行為は、明らかに「程度を大きく越えるもの」であって、正当防衛がむしろ認められるべき場合にあたる、と言える。
 したがって、黒い彗星氏の行為は、「自招侵害」にはあたらない。だからこそ、前澤検事は、「そのようなもの」としか言えなかったのであろう。
よって、黒い彗星氏の行為に正当防衛すら成立しない、とする前澤検事の見解は、法的には失当であり、通説・判例に反し、司法試験でこのような回答をすれば、合格はできないであろう、という代物である。
 しかし、この前澤検事ですら、西村修平氏が先に手を出したことは否定出来ず、自招侵害「のようなもの」といわざるを得なかったことは、留意すべきである。


3 なぜ、このような判断になったのか
 では、なぜ前澤検事はこのように法的に間違った判断をしたのか。
 黒い彗星氏を勾留せずに釈放した検察官と、不起訴処分を決定した前澤検事とは、違う検察官である。釈放の後、検察官が交代したことがそもそも怪しい。警視庁公安部から圧力がかかったものと考えるほかない。
 東京地検公安部検察官は、法的には警視庁公安部を指揮する立場にあるが、実際に力関係は、実力と人員を要する警視庁公安部の方が上である。日本共産党国際部長緒方宅盗聴事件に際しては、警察官の盗聴について、警察庁警備局公安各課、神奈川県警公安の圧力の前に、東京地検は捜査することができず、検察庁の権威が失墜した、というのは有名な話である。
 警視庁公安部としては、自ら逮捕した被疑者について「嫌疑なし」はもちろん「嫌疑不十分」や「罪とならず」とすることは絶対に認められない、として担当検察官を交代させてまで、黒い彗星氏を「起訴猶予」とさせたのであろう。しかし、調書すら作成しなかった前澤検事が、黒い彗星氏に対する最終処分の判断を行ったとことは、その判断の相当性を疑わせるのに十分な事情であると言える。


4 結論
 以上の通り、「起訴猶予」という判断が、極めて政治的な不当・違法な判断であること、しかし、その判断も、西村修平氏による暴行を否定出来ない結果であること、いずれにしても「起訴猶予」である以上、黒い彗星氏は法的には無罪であること、は明らかである。
 我々としては、この検事の不当な判断を弾劾しつつも、黒い彗星氏の無罪が揺るがないものであることを一つの到達点として、引き続き、差別的言動を糾弾し、民族差別の是正を求めていくものである。


                                   以上


「被疑者の不起訴を求める意見書(3)」(萩尾健太弁護士) - 「2010.12.4 黒い彗星★救援会」跡地
「被疑者の不起訴を求める意見書(2)」(萩尾健太弁護士) - 「2010.12.4 黒い彗星★救援会」跡地
被疑者の不起訴を求める意見書(萩尾健太弁護士) - 「2010.12.4 黒い彗星★救援会」跡地
転載「被疑者の釈放を求める意見書」 - 「2010.12.4 黒い彗星★救援会」跡地


 萩尾健太弁護士は、23日の報告集会でも講演していただきます。